生物多様性は市民参加で
「生物多様性」という言葉ばかり踊っているのではないか。
荒川の堤防の工事
調査に私たち市民も参加
信頼されているということではある。
私たちが発言する以上調査もいとわない。
でも調査結果によって工事計画が変更されるならいい。
移植さえすればよいと考えられては困るのだ。
移植では生物多様性は守れない。
ある製薬会社の森がショッピングモールに
人様のたいせつな財産だからいいにくい。
でも自然環境は国民の財産でもあると思う
素敵な森に囲まれたショッピングモールがあってもよいのではないか。
その森から貴重な雑木林の表土と植物をいただいた。
市の公園で雑木林の再生に取り組んで4年
県のある方がここをご覧になったようだ。
「表土を運びこむのは自然破壊だ」
おっしゃるとおり。
行政が保全対策をしていただけるなら分かる。
飽きるほど要望したが・・・
やむを得ず、公園の牧草だらけの場所で雑木林の再生に取りくんだ。
4年目の今日現在 牧草だけだった場所に約90種の植物が生育。
キジムシロやミツバツチグリにはミツバチが群れていた.
どれも 今 流行の生物多様性のための活動をしているつもり。
早くしないと間に合わないと思う。
人が好きなことをするのは自然だと釣り人にいわれた。
いまどきの釣りは魚を増やす活動をしながらするのが大切。
今年は参加できなかったが鮎の自然遡上ができるように活動している。
ビオトープでせっせとセリやコゴミをつむ人。
「昔はどこでも摘んだ」と注意には耳も貸していただけない。
昔と今を比べてほしい。
年寄り(私も立派に年寄り)が子どもの頃は
人口は今より少なく
人々は水も物も今より使っていなかった。
つつましく(貧しくもあったが)暮らしていた。
自然も今よりたくさんあった。
そのときといっしょにしたら身の回りの自然は加速度的に失われる。
人間の欲望だけで暮らすことを続けてよいのだろうか。